フィリピンでボルテスVの主題歌「ボルテスVの歌」は軍歌として使用され、第2の国歌と呼ばれています。堀江美都子が国賓待遇を受けた理由と、エドゥサ革命との関係を詳しく解説します。
フィリピンでボルテスVの主題歌が「第2の国歌」「軍歌」と呼ばれる理由
引用元:マグミクス
「超電磁マシーン ボルテスV」のオープニング主題歌「ボルテスVの歌」は、フィリピンで「第2の国歌」と呼ばれるほど国民に愛されています。日本語のまま歌われ、フィリピン国民なら誰もが歌える曲となっているのです。
さらに驚くべきことに、この主題歌は「軍歌」として軍事式典でも演奏されるという特殊な地位を獲得しています。なぜ日本のアニメソングが、フィリピンで軍歌や国歌的な扱いを受けるようになったのでしょうか。その歴史的背景を詳しく見ていきましょう。
フィリピンで「ボルテスVの歌」が軍歌として使用される歴史的背景
引用元:西日本新聞
1986年2月、フィリピンでエドゥサ革命(ピープルパワー革命)が勃発しました。21年間続いたマルコス独裁政権を倒すこの革命において、「ボルテスVの歌」は革命派の民衆が団結するための合唱曲となったと語り継がれています。
1986年エドゥサ革命での主題歌の役割
革命の現場で「ボルテスVの歌」はどのように使われたのでしょうか。
フィリピンの革命現場で「ボルテスVの歌」が合唱された瞬間
革命の最前線では、以下のような光景が見られたと伝えられています。
- デモ行進の際に「ボルテスVの歌」を日本語で合唱
- 集会で主題歌を流して士気を高める
- ボルテスVのイラストを描いたプラカードを掲げる
- 「こぎだそう たたかいの海へ」を叫びながら前進する
「こぎだそう たたかいの海へ」「やるぞ 力のつきるまで」という歌詞は、独裁政権に立ち向かう民衆の意志と重なり、革命の象徴的な歌として機能したのです。
フィリピン国民が団結の象徴として選んだ理由
なぜ数ある曲の中から「ボルテスVの歌」が選ばれたのでしょうか。
- 1979年にマルコス政権に禁じられた作品という歴史的背景
- 歌詞の内容が革命の意志と一致していた
- 世代を超えて多くの国民が知っている曲だった
- 団結と勇気を鼓舞する力強いメロディ
フィリピン軍の式典でBGMとして演奏される理由
引用元:BuzzFeed
革命が成功し民主化が達成された後、「ボルテスVの歌」は偉大な功績をもたらした曲として軍事式典でも演奏されるようになり、「軍歌」として扱われるようになりました。
フィリピンの軍事式典で日本のアニメソングが流れる異例の事態
軍事式典や軍のイベントではBGMとして演奏されることがあり、「軍歌」として扱われています。これは日本のアニメソングとしては極めて異例の扱いです。
具体的には以下のような場面で使用されます。
- 国軍の記念式典のBGM
- 退役軍人の集会での演奏
- 民主化記念イベントでの合唱
- 軍楽隊のレパートリーに含まれる
フィリピンの民主化への貢献が認められた証
フィリピンの民主化という歴史的出来事と結びついたことで、「ボルテスVの歌」は単なるエンターテイメント音楽を超えた存在となったのです。
フィリピン国民が日本語のまま歌える「ボルテスVの歌」
フィリピンで放送されたボルテスVは英語吹き替え版でしたが、主題歌「ボルテスVの歌」は日本語のまま放送されました。堀江美都子さんの歌声がそのまま使用されたのです。
フィリピンで日本語のまま定着した主題歌
フィリピン国民は意味を理解していなくても、日本語の歌詞をそのまま覚えて歌いました。
フィリピン人が日本語の歌詞を完璧に覚えた理由
フィリピン人が日本語の歌詞を覚えられた理由は以下の通りです。
- 毎週金曜日に聴くことで自然に暗記
- メロディが覚えやすく、リズムが良い
- 仲間と一緒に歌うことで定着
- 歌詞カードや雑誌で日本語の歌詞が紹介された
「たとえ あらしが ふこうとも」「ボルテス ファイブに すべてをかけて」といった日本語の歌詞が、フィリピン人の記憶に刻まれたのです。
フィリピンで「日本語で歌える曲」の代表格となった経緯
現在のフィリピンでは、「日本語で歌える曲」と言えば真っ先に「ボルテスVの歌」が挙がります。日本のアニメソングの中でも、フィリピンで最も有名な曲となっているのです。
フィリピンのカラオケで必ず歌われる定番曲
引用元:シネマトゥデイ
現在のフィリピンでは、カラオケに行けば必ず誰かが「ボルテスVの歌」を歌うという状況になっています。
フィリピンのカラオケ文化とボルテスVの関係
フィリピンはカラオケ文化が非常に盛んな国です。そのカラオケ文化の中で、ボルテスVの歌は外せない定番曲となっています。
- カラオケ機器に必ず入っている曲
- 誰かが歌えば全員で合唱する
- 世代を問わず歌える数少ない曲
- 盛り上がりの定番曲として定着
フィリピンで日本人がこの曲を歌うと起こること
日本人がフィリピンでこの曲を歌うと、以下のような反応が起こります。
- フィリピン人が大喜びする
- 一気に親近感が湧き、距離が縮まる
- 全員で一緒に日本語で大合唱が始まる
- 「日本の文化を理解している」と評価される
ビジネスの商談が「ボルテスVの歌」で成立したという逸話や、フィリピンパブで女性との距離が縮まったという話など、この曲がフィリピンと日本をつなぐコミュニケーションツールとなっているのです。
フィリピンで堀江美都子が国賓級の待遇を受けた1999年
引用元:シネマトゥデイ
「ボルテスVの歌」を歌う堀江美都子さんは、1999年にデビュー30周年記念ライブのためフィリピンを訪問しました。この時、堀江さんは国賓並みの待遇を受けたことで知られています。
デビュー30周年ライブでのフィリピン訪問
1999年のフィリピン訪問は、堀江さんにとっても忘れられない経験となりました。
フィリピンの空港で交通規制が敷かれた異例の待遇
空港では交通規制が敷かれ、移動車両はバイクで先導されるという異例の扱いでした。まさに国家元首クラスの待遇だったのです。
具体的には以下のような待遇を受けました。
- 空港到着時にVIP専用ゲートを使用
- 警察のバイク部隊が先導
- 主要道路で交通規制
- ホテルまでの道のりを最優先で移動
フィリピン政府関係者も参列した歓迎式典
歓迎式典には、フィリピンの政府関係者や軍の幹部も参列しました。「ボルテスVの歌」がフィリピンの民主化に貢献したという認識から、国家的な功労者として扱われたのです。
フィリピン国民の驚きと感激
当初、フィリピンの人々は堀江美都子さんの顔を知りませんでした。声は知っていても顔は知らない状態だったのです。
フィリピン人が「誰この人?」から「伝説の歌手!」へ
最初は「誰この人?」という目で見られたものの、「ボルテスVの歌を歌っている」と説明すると、みんなが喜んでくれたと堀江さんは語っています。
- 説明を聞いた瞬間に表情が変わる
- 握手を求める人々が殺到
- サインや写真撮影の依頼が殺到
- 涙を流して感謝する人も
フィリピンのライブ会場で起きた日本語大合唱
ライブ会場では、フィリピン国民が「ボルテスVの歌」を日本語で大合唱しました。この光景を目の当たりにした堀江さんは、ボルテスVがフィリピン国民の心にどれだけ深く浸透しているかを実感したそうです。
フィリピンにおける「ボルテスVの歌」の歌詞が持つ意味
引用元:中日新聞
「ボルテスVの歌」の歌詞を改めて見てみると、革命を目指す民衆の意志と重なる内容が多く含まれています。
革命と重なるフィリピンへのメッセージ性
歌詞の中で特に重要な部分を見ていきましょう。
フィリピンの革命で響いた「こぎだそう たたかいの海へ」
- 「こぎだそう たたかいの海へ」
この歌詞は、独裁政権という困難な海に漕ぎ出す決意を表しています。フィリピンの革命派にとって、マルコス政権との戦いは まさに「たたかいの海」だったのです。
フィリピン国民の決意を表す「やるぞ 力のつきるまで」
- 「やるぞ 力のつきるまで」
最後まで戦い抜く覚悟を表すこの歌詞は、革命に参加した人々の決意そのものでした。どんなに困難でも、民主化を達成するまで戦い続けるという意志を表しています。
フィリピンの困難に立ち向かう「たとえ あらしが ふこうとも」
- 「たとえ あらしが ふこうとも」
- 「ボルテス ファイブに すべてをかけて」
困難に立ち向かい、すべてをかけて戦う姿勢を表現するこれらの歌詞は、マルコス独裁政権と戦う民衆にとって、自分たちの決意そのものだったのです。
フィリピン文化における「団結」の象徴としての歌詞
引用元:サンスポ
フィリピン文化では「バヤニハン(Bayanihan)」という相互扶助の精神が重視されます。これは「みんなで協力して困難を乗り越える」という意味です。
フィリピンの「バヤニハン精神」とボルテスVの共通点
ボルテスVのストーリーも、5人の若者が力を合わせて敵に立ち向かうという内容であり、この「団結」のメッセージがフィリピン文化と共鳴しました。
- 一人では倒せない敵も、団結すれば倒せる
- 仲間を信じて協力する大切さ
- 困難な時こそ助け合う精神
- みんなで力を合わせれば奇跡が起きる
フィリピンで5人の合体が象徴する意味
5台のマシンが合体して強大なボルテスVになるという設定は、フィリピンの「団結すれば強くなる」という価値観と完全に一致していました。
フィリピンで英語版・タガログ語版も作られた主題歌
引用元:スポーツ報知
フィリピンでは、日本語オリジナル版以外にも、英語バージョンやタガログ語バージョンの「ボルテスVの歌」が制作されました。
複数バージョンが存在するがフィリピンで最も愛されるのは日本語版
フィリピンでは様々なバージョンが存在しますが、最も愛されているのは堀江美都子さんの日本語オリジナル版です。
フィリピンで日本語版が8万枚以上のCD売上を記録
CDは8万枚以上を売り上げ、フィリピンのアニメソングとしては異例のヒットとなっています。
フィリピンでの音楽市場において、8万枚という数字は以下のような意味を持ちます。
- 現地アーティストのヒット曲と同等レベル
- 日本のアニメソングとしては圧倒的な記録
- 世代を超えて購入されている証拠
フィリピン人が日本語版にこだわる理由
なぜフィリピン人は英語版やタガログ語版ではなく、日本語版にこだわるのでしょうか。
- 最初に聴いた日本語版への愛着
- 堀江美都子さんの歌声の魅力
- 「オリジナルが一番」という意識
- 日本語の響きが特別に聞こえる
実写版でも堀江美都子の日本語版を採用したフィリピンの制作陣
引用元:アニメージュプラス
2023年に放送された実写版「ボルテスV レガシー」でも、主題歌は堀江美都子さんの日本語バージョンが使用されました。
フィリピンの歌手が堀江美都子を完璧にコピー
フィリピンの歌手ジュリー・アン・サン・ホセが、堀江さんの発音や歌い方を完璧に再現しました。
彼女の努力は並大抵のものではありませんでした。
- 堀江さんの歌唱を何百回も聴き込む
- 日本語の発音を徹底的に練習
- 歌い方の癖まで完全にコピー
- 堀江さん本人も「驚くほど似ている」と評価
フィリピンの実写版制作陣の原作へのリスペクト
実写版制作陣は、オリジナルへのリスペクトを最優先しました。新しくアレンジするのではなく、原作と同じものを大切にするという姿勢が貫かれています。
フィリピンで選挙キャンペーンやCMにも使用される主題歌
引用元:vector-mag.com
「ボルテスVの歌」は、選挙キャンペーンのBGMとして使用されることもあります。候補者が「団結」「変革」「希望」といったメッセージを伝える際に、この曲が効果的だと考えられているのです。
ポップカルチャーに根付いたフィリピンでのボルテスVの歌
ボルテスVの歌は、フィリピンのポップカルチャーに完全に根付いています。
フィリピンの政治家が選挙で使用する理由
政治家が選挙キャンペーンで「ボルテスVの歌」を使用する理由は以下の通りです。
- 国民誰もが知っている曲であること
- 「団結」「変革」というポジティブなイメージ
- エドゥサ革命の成功と結びついている
- 聴くだけで士気が上がる効果
フィリピンのCMで使用されるボルテスVのメロディ
また、CMのジングルとしても使用され、フィリピンのポップカルチャーに完全に根付いています。
- 飲料水のCM
- 通信会社のCM
- 国民的イベントのプロモーション
- 企業の周年記念キャンペーン
フォークソンガーもカバーするフィリピンの国民的楽曲
引用元:よろず〜ニュース
フィリピンのフォークソンガーたちも、「ボルテスVの歌」をカバーしています。
フィリピンでアコースティックバージョンも生まれた理由
アコースティックギターで弾き語りされるバージョンなど、様々なアレンジが存在します。これは「ボルテスVの歌」が、単なるアニメソングではなく、フィリピンの音楽文化の一部として認識されていることを示しています。
- カフェやバーでの弾き語り
- 路上ライブでのカバー
- 音楽フェスティバルでの演奏
- プロアーティストによるリメイク
フィリピンの音楽シーンに定着したアニメソング
「ボルテスVの歌」は、フィリピンの音楽シーンに完全に定着したアニメソングとして、特別な地位を占めています。
フィリピンにおける堀江美都子の特別な地位と責任
堀江美都子さんは日本では「アニソン女王」として知られていますが、フィリピンでは国家的英雄に近い扱いを受けています。
アニソン女王がフィリピンで国家的英雄として扱われる理由
フィリピンを訪れる際は空港でフリーパスとなり、VIP待遇を受けます。これは「ボルテスVの歌」がフィリピンの民主化に貢献したと考えられているためです。
フィリピンの空港でVIP待遇を受ける堀江美都子
堀江さんがフィリピンを訪れる際の待遇は以下の通りです。
- 空港到着時にVIP専用ゲートを使用
- 入国審査がスムーズに進む
- 警備員や係員が特別対応
- メディアが取材に殺到
フィリピン政府関係者からの感謝状授与
フィリピン政府関係者からは、民主化への貢献を讃える感謝状が贈られました。アニメソングの歌手がこのような扱いを受けるのは、世界的に見ても極めて異例です。
堀江美都子の覚悟「一生、歌っていく」
引用元:シネマトゥデイ
堀江美都子さんは、フィリピンでの「ボルテスVの歌」の重要性を理解しており、「一生、歌っていく」という覚悟を語っています。
フィリピン国民への感謝と敬意を込めて
2024年の日本公開時にも、堀江さんは原作アニメの主題歌を生で熱唱し、会場を感動させました。
堀江さんは以下のように語っています。
- 「フィリピンの皆さんへの感謝を忘れたことはない」
- 「この歌は私の宝物」
- 「命ある限り歌い続けたい」
- 「水木一郎さん(故人)の思いも胸に」
フィリピンでの経験が堀江美都子に与えた影響
フィリピンでの経験は、堀江さん自身の歌手人生にも大きな影響を与えました。
- 一曲の歌が国を変える力を持つことを実感
- アニメソングの社会的価値を再認識
- 歌手としての責任と誇りを強く持つようになった
- フィリピン国民への感謝の気持ちが原動力に
まとめ:フィリピンでボルテスVの主題歌が持つ特別な意味
フィリピンで「ボルテスVの歌」が軍歌として、そして「第2の国歌」として扱われる理由は、1986年のエドゥサ革命という歴史的出来事と深く結びついているからです。
独裁政権に立ち向かう民衆が団結の象徴として合唱したと語り継がれ、革命の成功後は民主化への貢献を讃えて軍事式典でも演奏されるようになり、「軍歌」として扱われるようになりました。堀江美都子さんが国賓級の待遇を受けるのも、この曲がフィリピンの歴史において果たした役割が認められているからです。
日本語のまま歌われ、カラオケで必ず歌われ、選挙やCMにも使用される「ボルテスVの歌」は、単なるアニメソングを超えて、フィリピン国民のアイデンティティの一部となっているのです。


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